2nd-10/25
今日は、ちょっとした文章を書くことにする。
雪が降っている。
北国とはいえ、例年より10日ほど早い初雪だ。強い寒気が影響だと朝の天気予報で言っていた気がする。10月二週目、初冬を迎える北の大地である。
この町に来てはや17年。月日は流れ、昔コンビニの前でたむろをしていた不良のような三人組は、今では独立して会社を立ち上げてうまくやっているという噂も聞くような次第だ。
そんな中私は一人、公園のベンチに座り込み、考え事をするかのようなそぶりで、ボール遊びをする小学生と思しき2人の男子を注視していた。
あんな頃があったなぁ。心なしかそんな感想しか浮かばなくなったところで、2人の男子はボール遊びをやめ、遊具のあるほうへと走っていった。私もベンチを立ち、当てもなく歩き出した。
日曜日だというのに、やけに人が少ない。道には枯草と雪虫がちらつくばかりで、人の気配もなければ犬の鳴き声さえしない。聞こえてくるのはカラスの悲しい声だけだ。
ふと、私は不安に駆られた。なぜ私はこのようなところにいるのだろうか。そもそもここへ来た目的は。出発した時刻は。
何もかも、すべて、記憶にない。
忘れた、というより「もともとそこにない」というほうが近いこの感覚は、以前から味わっていた感覚に似るところがあったので、私はさほど焦らずにコートのポケットに忍ばせておいたメモ帳の切れ端に手を伸ばす。
ー10月 ○○日
出発 午前 9時
目的 周辺調査
名前
ー
普段からこの感覚に襲われることが多い私は、「F」と相談した結果、外出する際には常にこのメモ書きを「F」に作ってもらうことにしていた。
「名前」の記述欄を除いて。
そう。私には名前がない。
生まれた場所も知らない。
仮の名は好きになれないが、「小寺 太一」というものがある。
自分の存在意義などは、とうの昔に考えることをやめた。
腹が減ることは趣味ではないのだ。
私は「小寺 太一」。そう言い聞かせながら、私は「F」のいる「家」へと戻っていく。
吐く息がやけに白かった。
「おかえり」
「F」がそっけない返事をよこす。
「ただいま」
私も併せてそっけない返事をくれてやる。
「どうだった?久しぶりの散歩だったろうに」
「別に。学校までいつも歩いてるから」
「そう」
「ああ」
私が「F」と会話するときは、たいていこんなやり取りで終わる。こんな最小限なやり取りでも、些細な仕草、表情、雰囲気から、おおよそ何を言おうとしているかはつかむことができる。
そんなことができるようになるほど、「F」とは長い付き合いなのだ。
私ー名前のない「私」ーが初めて「F」とあった時期は、正確には覚えていない。
後で聞かされた話だが、私が2歳頃の時に、私の両親から引き取ったのだそうだ。
その後私の両親は姿をくらまし、翌年父は消息不明となり、母はホステスの男と再婚し町を出ていった。
このことを聞かされたのはそう昔のことではない。3年前だっただろうか。
普段あまり表情の変化を出さない私も、さすがにこの時ばかりは愕然としてしまった。
しかも、私を引き渡したあの日以来、両親とは直接の連絡はとれていないという。
父の消息不明はテレビニュースにまでなったらしいが、母の再婚の話はあくまでうわさでしかなく、どこかの整形外科でプチ整形して身を潜めているか、その後ホステスとも別れ金に困った挙句、水商売に手を出して生きながらえているのかもしれない。
いずれにせよ、私はこの「家」に来た2歳より昔のことをほとんど覚えていない。ただ一つ覚えているのは、父の手が大きくざらついていたということだけだった。
「そういえば、引っ越しどうするの。本当にするのかい」
「いつまでもパラサイトになってるわけにはいかないだろ」
「まぁ僕はそれでもかまわないけどね」
「俺が嫌なの。わかってるくせに」
大学2年となった今年、私はひそかに独り立ちする計画を立てていたが、案の定すぐに「F」にばれ、しつこいくらいに問い詰められた。最初は反対していたが、私の話を聞くうちに納得してくれたようで、部屋の手配からお役所に出す書類まで、すべての手続きを済ませてくれた。私は少しも怪しむことなく、「F」に任せ、自分は講義の予習に励んだ。「F」の考えは読めても、何をしてるのかは全くわからない。昔からそんな男だ、と結論付け、私は自室に戻った。
今日はここまでとしたい。
この小説のタイトルはまだ決めていない。主人公と「F」、「家」のことを中心に書いていきたいと思っている。
それでは。